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2008年12月の6件の記事

2008年12月31日 (水)

今年も一年ありがとうございました。

今日のタイトルは普通にしてみました。結構考えたり、探したり大変なんですけど、あえてシンプルということで。

一年の総括をちょっとだけ話させてください。

今年の初めに、「今年は変化の年だなぁ~」と書いたことを、ぼんやり思い出しました。そして、漢字検定協会が出した”今年の漢字”に選ばれた「変」という字は、なんとなく納得させられる一年でした。

社会全体も荒々しく変化していきました、その中で自分のことだけを考えると、

「公務員合格」「就職」「事故」「入院」「手術」「彼女との別れ」と、今年後半の荒れっぷりはひどいもので、目の前の事が、あまりにも多く変化していき、ついていくだけで精一杯でした。

就職と事故で、人生のターニングポイントが2つも押し寄せ、正直、なにがなんだかわからなくなってしまい、みんなに泣きついて電話かけたりして、ご迷惑をおかけしたことをまず謝らせてください。

いろんな人に迷惑をかけて、みんなに励まされて、ホントに人は一人では生きれないんだなぁと身をもって実感しました。

ありがとうございました。

凝縮されすぎた一年だったけれど、なんとか今、生きていることに感謝をしながら、今年を振り返りました。


~来年の話~


まず、来年は「平穏」であって欲しいと願いたいです。

何も欲しくない、健康であればそれだけで。

また来年5月には足の手術をします。足に入れたプレートを取り外すためです。
やっぱ怖いけど、これでひとまず足に関しての不安がなくなります。

それと、来年はもっと自分を好きになれるような事をしたくなりました。
あまりにも、自分を邪険に扱い過ぎて身が持たないことに、今頃気づいたもので(笑)

体力をあげて、服が似合う体型になったら服にもこだわってみたい。

そのくらいはがんばれるかな?

またそのうちに、そばにいてくれる女の子ができればいいなと思ったりする。

どうせ、「天邪鬼(あまのじゃく)」の人生だから、自分が想像したことは絶対に叶わない。そんなのわかってる、それを自己暗示かけてるくらいだかね。

予想もできない人生を楽しめるような、心の大きな男を目指して、来年も突き進みます。

自分もブログのほうも、くせが強いですが、来年もよろしくおねがいします。


みなさまの健康と今年以上の幸せと笑える日々を願って…

以上

stfg(searching for the gate)


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2008年12月25日 (木)

なぁ、上下ジーパンっておかしい?

一部都市伝説と噂されている、「クリスマス」がやってきた。

遠い昔、キリストさんが生まれた日だそうだ。

そのせいか、街はイルミネーションで飾られ、高校生カップルが手をつないで街を歩いていやがる。

う~~ん、しゃらくせーよ。

大体、日本人ならその2日前の「天皇誕生日」にいちゃつけよ。

…心が荒れるよ、独身サラリーマンにはただ肌寒い一日に過ぎないもん。

寒い、心も体も、この街も。

ところで、サンタクロースはいつまで信じていましたか?という定番の質問をしてみる。
大体は小学校2年生ごろまでだろうか?

自分の場合、メルヘンの世界をさまよっていたので時期が長く、小学校5年生であった。

というか、それまで深く知らなかった。ピザーラがサンタクロースの格好で、配達する姿を見て、全てを理解した。

誕生日でさえ、子供のためにプレゼントを選ぶのが面倒くさい親だ、クリスマスも同様、「ほれっ!」と5千円を渡されるのが記念日だった。

なんと合理的な親だろうか?褒めてつかわすなぁ。

そして記念日定番説教を毎年言われる。

誕生日⇒「親に育ててもらって、勝手に成長したくせに、物をもらうなんていうのはずうずうしすぎるだろ!」

クリスマス⇒「おまえ、うちの神棚と仏壇を見て来い、キリストいたか?」

お前ら夢がなさすぎるだろう、まぁ自分もだけど。

だから、社会人にもなったことだし、クリスマスのサンタクロースを自分がやることにする。

父親にはウィスキーを、母親には「きみまろCDセット」をあさっての夜、枕元に置いてやろうとおもう。

そして、新世界の神になってやる。

あー明日ネクタイどうしよ。(ちぃの女子高のネクタイって短すぎるっ柄はいい感じなんだけど)

ではでは

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2008年12月22日 (月)

こんなにも曖昧な世界なら、しがみつく理由など無いよ。

今さっきの事である。

別れた彼女から電話があった。


別れてから”ぴったり3ヶ月”の今日という日に彼女から電話がかかってきた。


復縁か?と思いきや、「弁当箱を返したい」との事。

ん?弁当箱?

 そう思い出すと、高校時代に彼女に弁当を作ってもらったことがあった。

時々、弁当を作ってもらったときには、いそいそ駅までとりに行ったっけ。

お昼に友達から冷やかされながらも、かなり嬉しかったし優越感だった。

そんな甘いずっぱい思い出が詰まった弁当箱である。

どうやら、12月で部屋を整理していたら出てきたらしい。

自分としたら、今のお昼は給食と、お昼のグレードは小学生レベルまで大きく落ち込んだから、弁当箱の必要性はないが、思い出が欲しい。

ちょうど、自分も借りっ放しになっていたものがあったから、それと交換という形にした。

つくづく男は、「思い出」の中で生きる人間だなって思う。


 しっかし、こうゆう話が出てくると、なんだか寂しくなってくる。

別れの後処理というやつが。

あとちょっと前だったら、復縁を期待していたかもしれない。

しかし、元のさやに戻ることは決してない。

あんなに、別れて悩んだのに、これぽっちも復縁するというストーリーを自分は思い浮かべることができない。

前ブログに強がって書いたけど、納得した別れなんてありえないでしょ?

 パソコンを開いて、ウィンドウの上にある、「ファイル(F)」とか「表示(V)」とかにある、「編集(E)」を押したとき、目の前に飛び込んだ、

「元に戻す」

「やり直し」

の機能にかなり嫉妬したよ。

どんだけ押したってだめなんだもん。

 そんなこんながあって、落ち着いた後、今は今を大切にしたい気持ちがいっぱいである。

時にはかなり孤独感に包まれるときもあるし、空虚感にサイナマレル。

思い出を辿れば、いいことしか思い浮かばない。

それでも、後ろを向いて生きたら、前からの障害物をよけれず進めない。

そう言い聞かせて、自分は頑張っている。
 
今は、守るって言うほど”たいそう”なことではないが、力になってあげたい人がいる。
一緒に笑いたい人がいる。

自分にはそれだけで十分だ。

恋を例えると、男は「名前をつけて保存」、女性は「上書き保存」といわれる。

彼女に彼氏ができれば、自分など消えていく。

跡形のなくね

ではでは

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2008年12月18日 (木)

パンが歩いていこうとしているよ。

足のリハビリを兼ねて、中休み(小学生ならでは)にて、学校のお子様とサッカーをしていたりする。

なにせ低学年のお子様だ。運動神経がもともと正常にインストールされていない自分でも自律神経でどうにかカバーできる。

ご自慢のトウキックで、きゃっきゃきゃっきゃやっている。

さすがに、高学年になると少年団に入ってたりしてうますぎる。

と言っても仕事が暇なわけでは一切無い。

むしろ12月の学年末というわけで、提出する書類が山ほどある。

しかし、職員室に来て「先生外行こう~」と言われたら、「今、児童手当の計算が…」などと口が裂けてもいえない気がする。

Noといえない日本人の代表格みたいなもんだ。そうどうせ「Yesマン」だよ。

「Yesの国から来たYesマン、地球を下さい!Yes!!」

結局、自分の仕事を犠牲にするわけで、残業も余儀ない。

これでいいのか?一時間1,500円しか残業手当が出ないし疲れるだけだ。

それでも、子供を見ててその子の未来をちょっと想像するのがおもしろい。

その中に、自分とよく似た子がいた。なんか変に大人ぶっている子だ。
みんなが、なんとかレンジャーごっこをやっているのに、朝礼台に座って本を読んでる。そうやって、大人ぶっている自分が好きなんだろうな。
というか、その子も両親が高齢で一人っ子。

兄弟の影響を受けず、親を見れば若者らしい遊びを教えてくれない。そんな環境がそうさせる。

自分もそうだった。

自分はその子の隣に座って、話を聞いてあげた。あくまで同世代のように接してあげる。それが一番嬉しいと感じると思ったからだ。結果そうであった。

その子は、これから気苦労する人生を送るだろうなっと勝手に思う。
自分にウソをつく人生だから。

だが、未来への忠告をしようにも、自分でさえ解決していない。
だから一緒に悩んであげようと思う。
「今度、先生の仕事手伝ってね」と言って自分は仕事に戻った。

自分に自信が無くて、自己顕示欲の吐き捨て場が見つからない、そんな少年時代を過ごした自分と少年。

未来は変わるのか?遺伝子のプログラムに人は逆らえないのかな?

変えてやる。

神様も自分の遺伝子、VBAで書くこと無いじゃん(笑)

ではでは


G:\.Spotlight-V100\Store-V1\Stores


もしも、僕が生まれなかったのならもっとたくさんの笑顔がうまれていたかもしれない。<::....././.,..../../././...././..//...>
もしも、僕が息を止めれば生きられる人がいた。

きっとこの気持ちもすぐに形を消して、何事も無かったように歩いていく
$B$3$l$O(JJIS$B$NJ8$G$9

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2008年12月 7日 (日)

こんなにもありふれた現実なら、追いかける理由など無いよ。

「校長先生は、今日、二つ、皆さんにお話したいことがあります。」

小学生から、「学生」つく時代を過ごして来た時、「校長先生の話」は退屈であった。

今は逆の立場(正確には異なるが)になってみると、結構面白いものである。

事務員stfgは、全校朝会とか、児童朝会などというものには基本参加しない方向でいる。
それは、職員室が空になってしまうと来客とか電話が来たとき困ってしまうからだ。

…というのは、建前で、自分が「何とか朝会」が嫌いなだけである。

寒い中体育館に立ってるのもつらいし、3年にちょっかい出されるからノリツッコミしなきゃならんし(笑)

そんな自分ではあるが、時々は参加してみる。
そこで聞く「校長先生の話」というのは、職員サイドから聞くとおもしろい。

学校には様々な問題や苦情が発生する、それを校長先生がどうフィルターをかけて話すのかは結構見ものである。いわゆる楽屋ネタみたいなものである。

これが一つ目の話。

次に、友達のヌン氏にペンタブレットをゆうぱっくでぱっくぱっくする話。

昔買って、自分の絵の才能が全くないことに気づかせてくれたペンタブレットを絵の才能が半端ないヌンに送ることにした。

ここでも、ペンタブレットだけではさびしいと思い、また「つまらないもの」を送りつけることにした。

今度はぬかりない作戦に出るとする。

まず、ヌンは甘いものが好きと、ググったら出てきたので、チロルチョコを購入。話題に出ていた、きなこもちが無かったのは予想外だったが仕方ない。

もしかしたら、ホントはヌンは甘いものは好きじゃないけど、みんなの目があるから我慢して食べている可能性も否定できない。

そうゆうことで、おせんべぇの登場である。

これで、甘いものとしょっぱいもので、プラマイ0。

我ながら完璧といって等しい。

喜んでくれると嬉しいんだが、もしどちらが嫌いだとしても打ち消してくれるだろう。

どんだけ卑屈なんだ自分はっ。

これが二つ目の話。

stfg校長先生(異例の昇進!?)のたわごとでした。みなさんも、お風邪をひかないように、手洗い・マスクをして元気にお勉強をしましょう。(←実際に言った)

ではでは。

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2008年12月 3日 (水)

彦麻呂「うわぁ~料理やぁ~~」

あぁ~あ。やっぱりこれだっ。何やってもうまくいかんのさ自分の人生はっ。

 友達の秋夜に、iPodをあげた担保としてもらった、パソコン用のテレビチューナーを返して欲しいという依頼があったため、早速宅急便で送る用意をしていると、ふと、これだけ送るのは寂しいんじゃないか?って思って何か「つまらないもの」でもと思って、味噌汁の素を送ることにした。

そして、今日秋夜のブログを見てみると、それが本当に「つまらないものだった」ことが発覚。

なるほどねっ、昨日の電話が変に怒っていたのはそのせいねっ

かくゆう私は、ひどく落ち込むのである。

そりゃあんなに味噌汁の素は、いんね~って。

大体、一人暮らしの子は何が必要なんだい?

実家暮らしの自分にはわからないよ。最近は残業代を稼ぎたくて、遅く買えるもんだから毎日吉野家で済ませ、家では寝るだけの生活だけれども、いったい何が必要だかわからない。

金か?金なのか?

わかったよ、関銀の口座番号と暗証番号教えるから、好きにもっていけよっ

7桁くらいは入っているから好きに使いなっ。

あぁ~あ、完全にふてくされてるよ。きもい。

秋夜、ホントにごめんなさい。てゆうか捨ててください。ゴミ袋が有料だったら請求してください。orz
あと、昨日の電話マジありがとう。

まぁ落ち着いて話すと、自分は常にプレゼントとか自分が提供するものが嫌いだ。

自己嫌悪の塊みたいなもんだから、かなり打たれ弱い性格であるからして、。

「あげて嫌な顔されるなら、喜ばれなくてもいい」という非常にネガティブ精神が仕事でも失敗する原因かもしれないな。

お茶ひとつ出すにも、びくびくして出している自分がいるし。

ホントごめんなさい。


 話は変わってお金といえば、なんと言う鬼畜な茨城県の勤務制度のせいで、クリスマスも通常営業である。

なんとその日には、市の事務が集まって給料の審査の出張があるという、まぁ仏教徒と神様のハイブリットなうちの宗教としても、おったまげ(さすがに古い)の一日である。

んで、何もできないから、出張の帰りの夜、ちぃ(21)とお食事に行くことになった。

話の流れで、「どうせその日はお互いスーツ着てるんだし、ちょっと高めなところでも行く?」ということになり、ちょっと遅い気もするが、店の予約をしている。

運よく店は決まった、いつもの安くてうまいイタリアンではない、上品なお酒が出そうな店にしてみた。多分「はなまるうどん」の256倍くらい上品。

そこで問題が出る、

「飯代どうしよう?」

別に金額が払えないというわけではない、どっちが払うかという問題。


”やはり自分は男だし払うべきなのか?”

”それとも年上の彼女が払うべきなのが?”


割り勘は、さすがに恥ずかしい。

いやはや、どうすればいいのか?社会人として。

そんなことを一人悩んでいる。相談するのもあれだし。

過去を紐解くと、中学時代の彼女は、お互いお金が無かったせいもあって結構割り勘が多かった、二人で はまっていたマンガを交互に買ってたこともあった。

高校になると、多少お金に余裕があったせいで、割り勘がめんどくさいので自分が払う場面が多かった。

さぁ今は?、どうする?

うんっめんどくさいから払うことにする。

もし断られたら、その金でみんなで飲むべっ

穢(けが)れた金でなっ(笑)

それも、断られたらその金でインフルエンザの予防接種を死ぬほどしてやるっ ホントに死ぬかもしれないけど

ではでは(気持ちと手が荒れてます。)

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