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2009年1月の4件の記事

2009年1月19日 (月)

メルトダウン 第1章

黒歴史。

あ~また作ってしまった。

そんなはずじゃなかった。

話は今週の土曜日にさかのぼる。

最近は、休みに入ると寝たいだけ寝る。息継ぎをしながら、お昼まで寝ていた。

ちょうど時計の針は13時を指す頃、寝疲れを感じながらふと携帯が光っていることに気付いた。

だいたい、友達が少ないからめったに携帯が鳴ることはない。

それも変わった色に光っている。

「さっき電話があったゾ」と、緑のイルミネーションが教えてくれる。

携帯を開くと、ヌンからだった。

何事だろうと、折り返し電話をかけると、たかしゃんとカラオケをしてる。とのこと。

あぁ、水戸に帰ってきてるんだな。と思ったら土浦でカラオケをしてると言っている。

「理解ができない」

水戸にいるstfgは、どないしろと?

そして、部屋にあるミッキーの壁時計を見て、

「うん、行こう!」

これが、運命の分かれ道だった。

人生は、選択の繰り返しである。

いつも選択を間違ってここまできた。


50ccの原チャリにまたがり、一路水戸⇒土浦へ。

地図もコンパスも必要ない。必要なのは、ちょっとの勇気と免許証だ。

水戸からみて土浦は、方角で言うと「南」だ。

そうなら、適当に南に走らせれば着くんジャマイカ?

人生という道は間違ってばかりだが、実際の道路で迷ったことはない。

そんな自信があだとなるとは。

とゆうか、道に迷うわけがないのである。国道6号線を南に走らせれば着くのだから。

とゆうかさすがの長距離、いくら走らせても走らせてもたどり着かない。

ただ、バイクを走らせながら色んなこと考えてた。

今までのこと、今のこと、これからの事。

そんなことを考えているうちに着いてしまった。

1時間半くらいで実際ついてしまうのであった。

そして、感動の再会を果たし、JOYSOUNDでメルトを熱唱するのであった。

そこでおもいっきり2人に引かれ、ここで死んでおけばあんな大惨事ならなかった…。

<第1章 黒のオデッセイには気をつけろ! 終わり>

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2009年1月11日 (日)

過去の自分に教えてあげたいことが数え切れないほどある。

自分が傷つくなら、そんなもの要らない。

そうやって、いくつも大切なものを失ってきた。

この前友達に、「おまえは行動は単純だが、考え方だけは複雑なんだな」

褒めているのか?友人O?


みんなに言いふらして審査してもらった結果、法的にギリ大丈夫という話をさせてください。

いやぁ~私は、ホント人見知りなんですよ。(笑)

もうね、人を目の前にすると緊張して声もでないんですよっ

お話は、天気予報が雪をがっちりマークをしていた1月9日(金)。

自分は日立で出張をしていた。

出張自体は非常に有意義というか、勉強になった会議をしてきた。

そんな会議を終え、一週間の仕事も終わったなぁ~と、颯爽と帰りの電車に乗り込み眠りについた。

ちなみに、自分は電車に乗り過ごしたことはない。

駅の近くになると、自然と目が覚める。これは、人間はまだ槍と石でマンモスを狩っていた頃に、自分の祖先が身についた忍法だ。(時代考証がめちゃくちゃ)

例のごとく、自分も忍法を使い、自然に目が覚める。

そして、日本でも例を見ないスマートさで電車を後にする。

…後にするはずだった。

ふと、手を見ると何か軽いのだ。

やっぱり彼女を失った痛みなのか、あたたかいものを失った悲しみなのか?

いや、違った。

電車の座席の銀のポールに傘を引っ掛けたままだったのだ。

電車に傘を置きっぱなしになっていることに気付いた頭の回転の速い自分は、「こりゃいかん(実際に言った)」といい、なんて今日はついてるのだろうと思いながら、電車に乗り込んで、

全力でドアにぶつけ、ドアが閉まり、次の駅へGO!

土浦行きの車内には、乗客がまだたくさんいて、ごつんという音が車内に響く。

最近の電車は、静穏設計で走行音が低減されていることも手伝って、かなり響いた。

すごく見られている、すごく笑われているような気がする。

そんな気がしていたが、ひとつ確実なことがあった。

 「電車が確実に自宅から離れている」

ということ。

新手の乗り過ごしをしてしまった。先祖の人たちごめんなさい。

一駅で降りて、帰りはスーパーひたちで帰るという荒業で帰った。

特急料金だって一駅じゃ、たかがしれてるだろうと思っていたら、なんとびっくり1,010円。

思わぬ出費で凹む。

さらに追い討ちをかけるのは、1,010円を車掌さんに払っているときに、鼻で笑われたことだ。そりゃそうだろうけどさ。

そんなこんながあって、帰りはバスで帰ることにした。

寒い中バス停にいると、中学生が隣に来た。

話は最初に戻るが、ボクはすごく人見知りで社交性がないのだ。

だけど、今日は人恋しくてしょうがないのであった。

気付いたら隣の中学生に話をかけていた。

会話はなんでもいい、とにかく話題を振り絞って。

「すみません、今日、水戸は雪、降りましたか?」

 「いいえ、大丈夫でしたよぉ~」

「ああ、よかった、車で帰るのにどうしようかと思って~」

ここで、口下手な自分は出てしまう。お前車で帰るのになんでバス停にいるんだよとね。
 「さっき、(OO)線にいましたか?」

突然の質問にたじろぐ。

「え?あ、はい」

 「大丈夫でしたか??私も乗り過ごしたんですよ」

恥ずかしさがよみがえり、苦笑いしかなかった。

だって、自分はスーパーなひたちに乗ったのに、5分くらいしか変わらなかった事実を聞かされたからだ。それと、おもいきり頭をぶつけたことも。

それから、30分くらい世間話をして、彼女は別の方向のバスへと乗っていった。

これが恋なら、本が一冊出せるね。ただ、ものすごい田舎だから、そんなにすごい確立ではないけど。

いえ、ナンパでは決してないです。病気です。

自分には、愛する(  )がいますから!!

だた今年は(  )が、いつか埋まるように生きる。

ではでは

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2009年1月 7日 (水)

アンパンマン…これが最後の顔だよ…

やっと仕事にエンジンがかかり始まりました。

正直、飲み会の影響から、正月ボケが取れずに仕事を続けていましたが、なんとかいつもの日常を取り戻しつつあります。

え~と、飲み会に参加をしていただいたみなさん、お忙しい中ありがとうございました。
こうゆうのもいいよね、すっごく楽しかったです。

カラオケとか勢いだけの飲み会も楽しいけど、「話」、尽きない話がいつまでもできる友達がいて、自分は幸せ物だと改めて思いました。

また、秋夜と企画を考えておりますの、そのときはよろしくね。

廃墟ブームだし軍艦島でも行こうか?


さて、話は変わりまして、正月明けの仕事始めの日、会社に向かい、一通り新年の挨拶を済ませて自分の机に座ると、正直何をしていいかわからない自分がいました。

全力疾走から、正月に長く休憩を取ってしまったので、ゆっくり走ることさえわからなくなってしまい、ただ呆然と机のパソコンを見つめていました。

自分でも、びっくりして、そしてすごく焦っているのに、何をしていいかわからない。


飲み会のときに、実はなかなか自分の仕事のことは言えませんでした、話してもひとつもおもしろくないからね。(そんな話をブログで書くのもどうかと思うが)

だから、Youtubeみてるとかニコ動見てるとか、適当なこと言ってたけど、リアルな話をしてもいいですか?

公務員目指してる人もいたので、そんなに悪いこともいえずにいましたが、実際は非常に厳しい世界です。

ぶっちゃけた話、1月7日現在、17件の仕事を同時に進行しています。

旅費、給与関係、税金、徴収金…詳しいことは守秘義務もありますから、ごめんなさいっ書けませんが、いつも10件~20件の仕事を同時に進めている状況です。

そして、ひとつ終わらせると、またすぐに新しい報告書の提出が迫ってきます。

正直、キツいの次元を超えています。

そしてなによりも、一任職なので仕事がわからなくても聞ける人が近くにいないので、追い討ちをかけられています。

いつも不安と焦り、「これやらなくちゃ、あれもやらなくちゃ」と焦っては、ミスをして、さらに焦っていく。、

帰りのバスの時間との戦いもあり、いつまでも好きな時間だけ残業もできないので、余計焦る。

家に帰ってやればいいじゃんとも言われましたが、個人情報保護の観点から、データの持ち出しは一切禁止されていて、家でもできない。

逆にニコ動見てる時間があったら、時間を売ってほしいくらい忙しい世界です。

だから、毎朝5時に起きては、仕事に行きたくなくてたまらなくなってしまいます。
「明日は死んでやろう、明日こそ死んでやろう、明日死ぬから楽になれる」と思って、今に至っているくらいです。

ですが、死ぬに死に切れないといいますが、死んだ後の仕事が気がかりで仕方ない自分もいたり。引継ぎ書作らないと、死ねないなぁなんて思ったりしてね。

こんな親不孝もいませんが、そんな親は子供をストレス解消の道具かなんかにしているし。

だから、おとといは、走れなかった。

一度走ったら、止まれないんだって思ったら、足がすくんだよ。

でも、結局走っちゃったよ。バカだよ自分も。

そんな毎日です。でも、仕事は大好きです。エクセル5時間やっててもぜんぜん平気だしね。

今思うと、高校がホント自分にとってためになりました。

自分は、工業高校だったのですが、毎週に実習レポートがありました。

高校生の自分は、それが大変で大変で仕方なかったのですが、とりあえず提出期限は守っていました。今考えたら、あれくらいを一週間かけるゆとりがすごいと思いますが、それでも辛かったです。

学校の提出物っていうのは、仕事によく似てて、「いついつまでに」「これだけを」「どれだけの時間を使って」「処理をする」っていうのは、将来絶対に役に立ちます。

だから、今、学生さんなら絶対に提出期限を守って提出してみてください。それだけで、時間の使い方や効率的に処理をする力が身につくはずです。


がんばれ!たかしゃん(笑)。←結局これが言いたかった。


長々と、おもしろくない話をすいませんでした。

あと、秋夜のブログのコメントなんだけど、人力スパムみたいになっちゃったよ。ごめん。

来週は、がんばります。

ではでは

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2009年1月 4日 (日)

あけましておめでとうございます。

新年の挨拶くらい、まじめにやっておかないとっ。

そう思うのには、ちょっとしたわけがあったりして。

今日、バイクで街をぐるぐる回っていると、初詣に行ってないことに気づいた。

去年も、なんだかんだで行けず、彼女と3月ごろに行ったので、もはや「初」要素がまったく感じられずにいた。

「それではいけない!」と、今年は一念発起し、近所にある比較的大きな神社へ向かうのであった。

そこでまず思ったのが、「神社」と「原チャリ」の相性が悪いことだ。

結構大きめな神社で、例年暴走族のたまり場になったりするので、神社のおっちゃんも頭を抱えている様子。(小学生の頃よく神社で遊ぶことがあり、今もずっと「神社のおっちゃん」で済ましているが、正式にはなんとういうのだろうか)

そこへ、颯爽とバイクでやってきた、不良少年。

ご多分にもれず、神社のおっちゃんは、こっちをすごい顔でにらんでいた。

ヘルメットを取って、やっと「(苗字)さんとこの、(名前)ちゃんじゃない!、ま~たかっこいいの乗っちゃって~」と、神社のおっちゃん式「顔面認証システム」をくぐり抜けることができた。

さぁあとは、お参りをするのみである。

境内をゆっくりと歩いていく。

さすがに、3日ともなると参拝客も少なかった。…というか誰もいなかった。

やっぱり元旦に行くべきやね。でも去年の3月に比べたらすごい進歩じゃない?

出店(でみせ)も、とりあえず休憩中でやっていなかった。

そして、境内をさらに進むとすべての謎が解けるのである。


 神社のおっちゃん達が、賽銭箱からお金を取り出していた。


あ~なんか見てはいけないものを見てしまったような気がするのである。

そして、セコムみたいな格好をしている人が数人…。

話を聞くと、さすがに初詣の参拝客がいると、賽銭箱のキャパシティを超えることと、盗難防止もあって、その日のうちに持っていってもらうらしい。

なんか、夢を壊された気分になる。(別に夢を持っていなかったが)

結局、お参りは中止、そそくさとバイクで帰るのであった。

なんか、スタートつまずいたゾおい。

ということで、明日は、村松虚空蔵尊へGO!。

体中の「厄」を取り除いてもらわねば、遺伝子レベルで。

夜の飲み会では、本当に心が洗われたstfgをよろしく。

ではでは

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