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2009年4月の5件の記事

2009年4月30日 (木)

1:55~スーパー悲劇のヒロインタイム「百」

昨日のブログに書いたように、どうやら自分は子供をちょっとずつ好きになってきているのかも知れない。

まだまだ恐怖心は抜けないのだが。

よくPTA関係の仕事をしていて父兄の方とお話をすることがあるのだが、やっぱり兄弟がいる家庭は、兄弟のどっちかに愛着を持つようです。

できがいい方がいいのか、悪い方がいいのかは親御さんの性格によって変わってきます。
いつもトップを目指している親御さんは、できのいい方に期待をして、悪い方をすごく可愛がる。

逆に競争心の無い親御さんは、できのいい方に任せっきりで、悪い方をいつも叱っている印象がある。

あぁ何が言いたいって?うちの親は自分が嫌いらしい。ってこと。

うすうす感じてはいた。(別にエロい話ではない。たまたまエロい文章になってしまった)

…話を戻して、表題にもありました、月1でやってくるスーパー悲劇のヒロインタイムが始まるので、IEをお使いの方はホームボタンでYahooかinfoseekに戻ってください。またFirefoxをお使いの方はタブを閉じてください。そしてOpara使いの私と君は相当の変わり者なので、とりあえずブログをこのまま読んでください。そしたらタブを閉じて「スピードダイヤル」を使って、ニコ動のランキングをチェック!。携帯さんは、シラネ。

とゆうわけで、Opera使いの勇者の皆様、こんにちは。今日もページが崩れたままごらんになっていただきありがとうございます。

続けたいと思います。

テンションがおかしな方向に行ってしまったので、どう話したらいいのかわからないのですが。

とにかく、自分の親は自分が苦手らしい。

とゆうことで、自分が家から出て行くか、最悪死んでいなくなってしまえば幸せなんだと思う。(おっと中2くさい文章が並んできたぞ)

言い過ぎたと思うけど、いつも両親はケンカをしている。

大半が自分のことである。

なんか内容を聞いたら、ニートになったらと思うとゾッとするくらい、過保護に育てようと計画しているように聞こえてるんだ。


それも身勝手な理由でね。その理由を色々考えてみる。


歴史年表で表すと

小学生時代:祖母の介護でほとんど鍵っ子。(セイブのお総菜コーナーにある、うどんうめぇww)

中学時代:父親が管理職になり、公務員なので外でお酒が飲めず、家で飲んで自分に当たる。ビール瓶で殴られたり、太いマイナスドライバーの枝の部分で思いっきり殴られたりねっまぁ自分もひねくれてたから余計変な方向に行ってしまったけど。

高校時代:中学時代の歪みがあって、父親とまったく意思疎通が無くなる。

社会人:父親定年退職。暇になり、もいちど子育てをがんばろうと決意する。←いまここ。


どうすんだよ。もう成人を迎えるんですけど(笑)

今から、矯正したってもう変えられないだろうよ。

あぁ~家を出て行きたい。

それも、「(stfg)が心を開かないから悪い」と言われる始末。

なんか父親としては息子からこの関係を改善したいご様子。(自分のプライドは保ったまま解決したいらしい)

あぁまっぴら御免だね。(プイ)

それでも、親のすねをかじり虫をしている身としては反抗的な態度を取るわけもいかまい。

だから、殴られてもどんなに嫌みを言われて馬鹿にされても、反抗もせずに黙って聞いていた。当然、怒りがこみ上げる、それをぶつける先もぶつける相手もいない。じっと我慢してやり過ごそうとしていった結果、どんどん心を閉ざしてしまった。

今では自分で開けることさえもできなくなってしまった。

父親の前でどういう振る舞いをすればいいのかわからない。

基本、父親と話すことは無いが、話さなければならないとき、いつも声が震えるし、ですます調になってしまう。

まずこれを直したい。

それでも、父親と話すとすぐ嫌な思い出がフラッシュバックする。

自分はただ我慢するだけで、何も解決してはなかった。

すると、いつでも吹き上げてくる。あのときの記憶とともに鮮明に。

だから、「いい思い出」を必死で見つけようとした。

…見つからない。

忘れてるんじゃないか?と思ってもう一度必死に記憶を辿る。幼き記憶を

誕生日は一回ももらったことない。クリスマスも同様。

家族旅行もちょうど祖母の介護があって、これまで一回も行ったことがない。

家族で自宅以外に泊まった事がないのである。

当然父親とどこかに出かけることもなかった。

あれ?あれあれ?ない。どこにもない。家族の思い出が。

どおりで見つからないはずだ。

そりゃ、父親も焦るわけだ。

でも、ここまで育ててくれたことは感謝だ。何も特別な物はなかったかも知れないけど。ひとを一人育てるには莫大なお金がかかる。自分は全部公立だったから一番最低基準の資金でまかなえたけど、それでもこんなクズ人間にお金を投資するのは勇気が必要だ。

それとも仕方なく払っていたのかも。

ただ、今生きてるなら親に感謝しなきゃならんな。

一人で生きている訳じゃないんだから。自分のせいで人生がつまらないものになってしまったかも知れないけどね。本当だったら、もっと親になついて、色んな所に旅行行ったり、飯を食いに行きたかったのかもしれない。

それもゲームオーバー。自分ももうすぐいなくなるから。

だから結婚したくない。自分も最低な父親を続けなければならないか思うとぞっとする。
遺伝子というのがどの程度自分に影響を与えてるのだろうか?それは理性でとどめることは可能なのだろうか?

今の弱い自分じゃだめかなぁ?

それでも、学校の子供もたちはかわいい。

「せんせ~、せんせー」と抱きついてくる子供たちや、「先生、これやっときました」と頼もしい高学年を見たりすると、子供を嫌いになる意味がわからなくなる。

だからわからない。

自分の父親は、「子供」が嫌いなのか、「息子」が嫌いなのか。

ただ恥ずかしいのか?自分がにやける顔が。

全部自分が悪いこともわかってる、すべての原因も自分だ。

だた、自分も父親と似てるから、正しい道を見ることができないだろうな。

それを母は、すべてを理解していて、内心は心配かけてるかも知れないけど、なにも無かったかのように突き放し、ただ見守っている。

女って強え~

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2009年4月28日 (火)

忘歌

もともと文章力がない自分にとって、ブログを書くのはかなり一苦労である。

でも少しは文章の勉強になるかなっと思って、こつこつ続けている。

長いばかり長くて内容が一つもないという、ごらんの有様を展開している。

友達のブログを見るといつも感心させられる。よくこんな事を見つけるなっとか、いろいろリアルの世界でがんばっているんだなって。

友達の洞察力のすごさと、自分の視野の狭さに驚いてしまうよ。

これからも勉強させてくださいな。


話すこと無いから、いつも学校の話で逃げてもいいかい?

突然だが、自分は学校の子供たちに「なめられている」。

それもそうだ、自分はぱっと見「情けないオーラ」が止めどなく出ているからだ。

だれもそう思うはずである。自分だってそう思っているんだから。

「威厳」とか「信頼」みたいな言葉が一番似合わない人間であるからね。

たとえて言うと、大災害があって崖から落ちそうな時に、自分が助けようとしたら「ニコ厨はボカランでも見てろ!」って言われそうなくらいね。

そしてこの情けない少年は、大の子供嫌いという爆弾を抱えている。

たぶん、子供が苦手っていうのは、自分が精神的に子供なんだと思う。

だめだなぁ。

この前、家庭訪問が始まるというので、全校児童が一斉下校という日があった。

みんな昇降口に整列して、先生の話を待っている。

その先生といえば、ちょうど学務課から電話がかかっていてまだ職員室にいる。

私は、昇降口で子供たちと一緒に待っていた。

そこに2年生のちょっと落ち着きのない子がフラフラしていた。

だからいつも後ろから抱きしめるように必殺ホールドをかますことにした。

表現が難しいが、私が後ろに立ち、お腹くらいに輪っかにした手をそっと置くスタイルだ。

すると父親を思い出すのだろうか、落ち着きを取り戻す。

そうして先生を待っていた。

しばらくすると、犬の形をした防犯ブザーに興味がいったらしく、しばらく落ち着いてるのを確認して手を離すと、隣の列の4年生に

「先生、うちもやって」

stfg「やだよ、ちゃんと並んでっ」

「差別ぅ~」

stfg「(覚えたての言葉を使いやがって…)はいよ」

「へへっ」

そうやって見上げて笑う姿を見てたら、不覚にもちょっとかわいいなって思った。

自分も子供が生まれたら、少しは子供を好きになれるのだろうか?

そんなことを思って毎日を過ごしている。

ではでは

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2009年4月24日 (金)

斬新すぎるおじさん。

この前の日記は女の子編ということで、今日は男の子編です。

まず一つ目に言えることは、「わけがわからない!」ということです。

特に低学年は、ホントに宇宙人みたい。

扱い方以前の問題で、扱うものなのかもわからない。

何かあれば、手を伸ばす動作を付加した「なんとか光線」を浴びせさせられる。

さすがに先生も、苦笑い。

第一そんな「フィクション・フィクション」は、いくら年齢が低いとはいえ、認めないぞ。

…冗談は置いといて、小学校というのは人間が一番成長する時期だなぁと感じます。

低学年では、男の子は扱いづらい、でも女の子は素直。

それが、歳を取るうちにそれが逆転する。

高学年では、男の子は素直になる(単純)、しかし女の子は変に色気づいて扱いが難しくなる。

5年・6年の女の子は結構気をつかう。

精神的にも不安定というか、とりあえず反抗しておくのがかっこいいと思ってる節がある。

全体的に見れば、身長も精神も女の子の方が成長が早い。

逆に5年・6年の男子は一番接してて気持ちがよい。

まっすぐ過ぎるくらいまっすぐで。

でも、一歩路線を乗り間違えると、とことん間違えそうな怖さも併せ持つが。

かくゆう自分も、その人生列車(演歌みたい)のホームを間違えた人間だ。

そのまま超特急スーパひたち12号は、堕落した人生へ一直線。

まだ停車駅が見つからず、死への道を全速力で運転している。東海あたりで乗り換えらんねぇかなぁ?

…別に自分の話はどうでもいい。

この前も、「先生、サッカーやろう、サッカー」と言われるのであった。

トーキックの魔術師とも言われた自分であっても、小学5年には太刀打ちできない。

なぜかって?トーキックだからだよっ!

それでも、昼休みにグラウンドにいやいや出て見る。

なんかもう集団がグラウンドの中央で集合している。

子供の頃から培った、「ちょwwお前wwwなにやっても恥かくぞ、この展開」レーダー(以下:展開レーダー)がびんびん来る。

嫌そうな顔全開で、集団に入る。

さっそく、なにやら儀式を始めた。

小学生恒例「いるっい~んない!」という、日本人のダメ人間の大半のトラウマになってる、選手選抜ゲームである。

1回目、私は見事「いる」側へ。

何を隠そう、この時点ではstfgの実力を知らないのだ。彼らの思考パターンをトレースすると、

「自分より年上=お兄ちゃん=運動が上手=stfg先生もうまいはず」

…とこうなる。

この考えが実に愚かであることを、初戦で味わうことになろうとは。

stfgは戸籍上では若者になると分類されるだろうが、実際は初老レベルだ。

走ったらすぐ息切れ、ご自慢のトーキックは的外れな方向へ。

それでも、自分は諦めなかった。だって人数が少ないから女の子も混じってたからだ。

年齢が低いとはいえ、女性にかっこわるい所を見せるのは、自分のダンディズムに反することになる。

だから、がんばった。

走って、走って、すでに満身創痍だ。

そんなボクに石は投げられず、恋人に手紙は届けなかったが、味方のサッカーゴールにボールを蹴り込んでやったよ!

一瞬、時間が止まったね。

急激に張り詰めた空気が溶けると同時に、さっきの「展開レーダー」がまた反応する。

(あっあいつつかえねぇ…)

と言っているような気がしたんだ。…あくまで「気がしたんだ」

見事にさっき書いた数式が崩壊した瞬間だったね。

その後サッカー少年団の子が、3点を入れ初戦は勝利。めでたしめでたし。

その後、2回目の「いるっい~んない!」ゲームでの展開はあえて聞かないでくれ。

あれっなんでだろ?目から何かが…

これで完成した数式がこうなる。一回Excelに入れてみるといい。

「自分より年上=お兄ちゃん=運動上手=stfg先生は年上なのは認める、だが初老」

扱いひどくね?

ではでは

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2009年4月21日 (火)

サスペンションソード

「先生?、これ見てっ!」

そういって、女の子がミサンガを差し出した。

いつの時代もこうゆうのが好きらしい。

私は、ただ見せつけられるだけで、もらえるわけは無かったらしい。

話は変わるが、

慣れというのは非常に怖い。

さっきのように、児童に「先生」と呼ばれても、何も違和感も感じなくなった自分がいる。

逆に、子供と話すときの一人称がいつしか「先生ね」となっていた。

自分は学校のなかで唯一「教諭」ではない。つまり「先生」ではない。

図書室にいる職員は「司書教諭」、給食関係の職員も「栄養教諭」。

自分はただの「主事」だから、最終的には「えせ先生」と言うことになる。

いやこれでは自分を蔑んでるみたいだから、スパイダーマンとかアンパンマンみたいに言ってみれば、「行政マン」だ。

そんな「えせ先生」も、便宜上先生を名乗っているが、なにやら申し訳ない気もする。

それ以外に子供たちに話しかける一人称が見つからない。

「ボク」は論外だし、「私」は堅い。「自分」はなんか体育会系みたいに聞こえる。

だから結局「先生」が一番楽に感じる。

それで、何を教えられるのかって言えば、何もない。

低学年の子なんかは、言葉につまったり、繰り返し同じ言葉を使ったりしながらも、必死に自分が伝えたい話をしている姿を見ると、なんだかかわいいと感じる。

自分は、高齢な親に育てられたから、おもちゃを買ってもらったり、同世代に流行っているテレビ番組を見ることはなかったから、気の利いたコメントが言えない。(ドラゴンボールしかりね)

だから、こっちも必死に聞いてみる。

同じ話を何回しても、いつも新鮮に聞いてみる。

自分にはそんなことしかできない。

正直これが合ってるかわからない。

もっと、子供目線の話題で話してあげれば喜ぶのかなぁ?

わからないや。

自分の学校は小さいから、児童全員の名前もわかる。

だから、名前で呼んでみると嬉しそうに喜んでくれる。

そんなんでいいのかなぁ?


この前出張から帰ってきたとき、ちょうど中休みでみんなに囲まれた。

360度スーツを掴まれ、「OO先生、どこ行ってたのぉ~?」と尋問。

stfg「ちょっと市教館(教育関係の会議施設)で会議してきたんだよ」

「しきょうかん?」

stfg「OOって場所にあるんだよ?行ったことあるでしょ?」

「あっ知ってる~OOにうちのおばあちゃんいるんだよ」

…そんな話をしたあと、スーツを見ると、絵の具でべったりのスーツが完成している。

これで、自分のリクルートスーツはお役御免になった。正確には版画の液も混じってて、修復不能となってしまった。

なんだかんだあっても、
逆にいつも子供たちから色んなこと教わってるんだよね。

それより何より、高校の時の彼女が時々子供っぽくなったから、それを対処してるうちになにか掴んだ気がしてる。(笑)

人生は苦労して損は無いな。(…と言い聞かせてみる)

ではでは(久しぶりに文章書いたら脈絡無くなった…ごめん)

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2009年4月19日 (日)

キャッチボール

まず、何から話せばいいのだろうか?

こんなに時間を置いてしまうと逆に何を話していいかわからないもんです。

そんなこんなで、くだらない話をまた続けさせてください。

嵐のような4月が中盤まで終わりました。

自分がやってる事務職はどうしても、年度の終わりと始めが忙しくなります。

抱えきれない書類の山を、一つ一つこなしていく。

大量の書類を提出して、またその何割かが、ミスで戻ってくる。

予測できる簡単なミスをしたときは、正直落ち込む。

しかし初めての書類もあって予見できないミスもある。

どちらにしても、そのミスをフォローする必要がある。

負のスパイラルでどんどん書類がたまってくる。

正直、文書処理の棚をぼーと見つめてると、逃げ出したくなる。

そしてちょっと逃げてみる。ネットなんか見たりしてね。

それでも、やっぱり逃げられないことを悟り、やり始める。

ホントに高校のテスト勉強とあまり変わらない。

たとえば、予算書を提出しなければ、今年度の予算の配当がどうなるかわからない。

そしたら、学校が動かなくなる。

そんなことが頭をよぎると、ホントに眠れなくなる。

責任感とかそんなかっこいい言葉じゃ表せない、ただ不安なだけだ。

不安を切り裂きたいが為に、仕事をがんばらせてもらってます。

ではでは

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